待ちに待ったレッスンは次の日の朝から始まった。
トレーディングルームで株価をチェックして、
取引の設定を終わると、離れのリラックスルームに移った。
周りには観葉植物が置かれ、
かすかにアロマのリラックスするにおいがした。
その部屋のイスに腰をかけると、神山は微笑み、口を開いた。
「君に聞きたいんだけど、
君はトレードで成功して何を望んでいるんだね?」
「何って、深くは考えたことがなかったけど、
何かといわれれば・・・
そうですね、やっぱりお金持ちになりたいですね。」
「どうしてお金持ちになりたいんだね?
お金持ちになったら君にとってどんないいことがあるのかな?」
「ん~、お金があったら、働かなくて済むようになります」
「ほ~、お金があったら働かなくて済むようになるんだね、
では、お金ができて働かなくて済むようになったら、
君にとってどんないいことがあるんだい?」
「今の苦しみから逃れられます。
生活のためにしたくもない仕事をやっていますから」
そういうとリョウは少し苦しい表情を見せた。
「そうか、君はお金を稼ぐためにいやいや働いているんだね?」
「そうです。世間的にもその方が評価もいいし、
親も安心するんです。だけど、不景気になったものだから、
給料も上がらないわりには残業ばかりさせられて息がつまりそうなんです。
どちらにしてもお金がない不安から開放されたいんですよ」
「じゃあ、お金ができたとして、
お金がない不安から開放されて働かなくなったら、君はどうなるんだい?」
「そうなったら自由になれますね。好きなことができるようになります。
好きなことができるようになったら、何かビジネスを起こすこともできるし、
そうなったら親や友人に自慢ができます」
「それができたとしたら、どんな気分になるんだい?」
「はい、ものすごく気分がいいです。
僕には兄貴がいるんだけど、兄貴は頭がよくて出世街道まっしぐらなんです。
だけど僕は大学にもいけなくて期待されていないんです」
「では君がつらい人生を送っているのは、その兄貴のせいなのかい?
それとも親のせい?あるいはお金のせい?」
「う・・・・」
「これは痛いところをつく質問だった。
確かに不景気で会社で残業ばかりさせられて
お金がないのは嘘ではなかったが、
人のせいにしている自分にもカッコ悪いと思い、
答えが詰まってしまった。
「本音はどうなんだい?素晴らしい成功者になれば、
親にどんなもんだい、兄貴よりも俺の方がすごいだろ!
って威張れるし、友人や女にもちやほやされるし、
人生ばら色になれるからね」
図星を言われて、言葉がでなかった。
自分でも考えて見なかった本当の理由があぶりだされ、
恥ずかしさで顔が真っ赤になった。
「ははは、私も最初の動機は同じようなことだったよ。
人には悟られたくない自己中心的な理由ばかりが出てきて
恥ずかしい思いをしたものだ」
「しかし、本当に成功したいなら最初の動機が大切だよ。
お金や人にどう思われるかに振り回されていたら、
人の望む人生を生きることになってしまうんだよ」
「だからトレードで成功する先に何を望むか、
そう、お金のことは忘れて、君らしい人生に集中して
最終目標をたててみようじゃないか」
「その上でいくら手に入れればいいのかを具体的にたてればいい。
その目標を立てることができたら、
その目標に合った戦略を立てて、
お金のことは忘れてトレードに集中するんだ」
「神山さんはそう言われるけど、
お金を稼ぐのにお金のことを忘れたら
どうやってトレードをすればいいんですか?」
「いいかい、人生もトレードも
お金や人にどう思われるかに囚われていては、
感情に振り回されてしまうことになる。
それがトレーダーにとって一番の害になるんだ。
一方、稼いでいるトレーダーは、
自分らしいトレードをおこなっているか、
戦略どおりに行動をとっているかに
集中して売買をおこなっているんだ。
つまりルールどおりにおこなっていれば良しとするんだよ、
たとえ損失を出したとしてもね。」
「えっ、損失を出してもですか?」
「そう、損失を出してもだ。
たとえその日のトレードで損失を出したとしても、
ルールどおり売買ができたなら
祝杯をあげるトレーダーだっているのさ。
結局、最終的にはその方が
トータルで利益が上がることになるんだ。
今の君のようにお金を儲けたいという
気持ちにばかり集中していると、
損を出したら悪いこと、
利益が上がったら良いことという判断になってしまう。
そうなると間違った方向に歩いていくことになり、
何をやっても勝てなくなって、誰も信用できなくなってしまう。
そうやって自暴自棄になると破産するまで
間違った方法を繰り返すことになってしまうんだ」
「怖い話ですね。僕はそうはなりたくないです」
「誰だって、そうはなりたくないものさ。
でも気がつかないうちにそうなってしまうのさ。」
「わかりました。とにかくお金のことを忘れたらいいんですね」
「そう、その素直な心構えが大切だね。
私のいうことを鵜呑みにしなくてもいいから、
検証してみて本当だと思うなら受け入れるといいよ」
神山にいろいろ言われて、何やら自分が成功というものに
勘違いをしていたことに気がついたのか、
今までいき込んでいた力が抜けていくような感じだった。
だが、神山の言っていることを本当に理解したのは
ずいぶんと後のことだった。